ルール化 「幸せの定義 その2」
前回の「幸せの定義」からの続き。 ~自分は自分を理解しているか~幸せとは「主観的なものであり、自分を理解できていないと感じることが出来ない」様に思う。自分は何が好きで何が嫌いかということが1つの大きな軸なのではないかと思う。しかしながら、自分の好き嫌い(YES/NO)が明確な人は案外少ない気がする。自分自身も含めてだが、その時の状況や周囲の環境によって、「好きでも嫌いでもない曖昧な状況」になれるように進化(退化)してしまっている人が多いのではないだろうか。どうでもいいか、みたいな感じである。核化・個人化した人間関係に希薄さを感じた。私も、そういった曖昧な状況で過ごしていた頃があり、何が「自分」で「自分らしい」のか分からなくなり、自分自身を見失っていた時があった。何が譲れることで、何が譲れないことなのか。何が自分にとって正しいことで、正しくないことなのか。環境や状況に流されていくうちに自分なりの線引きが見えなくなった。自分の「軸」がないことで、自分自身を否定し続けていた様な気がする。結論に至ったのは、本当にシンプルなことだった。「自分がどうありたいか」「自分が好きなこと、楽しいと思うこと...