ルール化

視点より先へ

帰郷のとき、将棋が趣味の父に久々に一局手合わせしてもらった。腕前にかなり差があるので、八枚落ちにしてもらったが、負けてしまった。対局後の感想戦のとき、「おまえはここで二筋の歩をついて負けたが、一筋に歩を垂らせば勝っていた」と言われた。あまり変わらないように見えたが、その後の筋を指してみると、確かに父の言う通りだった。同じ局面で取る行動のわずかな違い。それにより勝敗の差が決まることを、将棋というわかりやすい勝負の世界で垣間見たように感じた。実は仕事や生活の中でも、自分が気付かないだけで、このようなことが多く起こっているのかもしれない。漫然と先を考えず行動し、チャンスを逃すことがよくあるのかもしれない。せめて勝負所は逃さないようにしたい。それにはどうすればいいのだろうか?漠然と行動するのではなく、将棋のように、先を読むことではないだろうか。自分の行動が未来のどんな結果につながっているか、先を見ながら行動するとよいのかもしれない。
ルール化

コンセプトという幹

よく、週刊誌やインターネットニュースでテレビ番組の視聴率の記事を目にする。その都度、取り上げられるのが、『出演者の旬』という言葉である。果たして、番組というものの『モノづくり』と出演者に大きな因果関係はあるのだろうか?決して、出演者の肩を持つわけではないが、『モノづくり』自体にこだわりが無くなったのでは無いだろうか?何を世の中に伝えたくて、何を意図して作ったものなのか?作り手の表現力の無さを憂う事の方が自分の中では多いように思う。出演者頼りで作品を創出してきたことの“ツケ”が回ってきたのではないだろうか?作りこみの技術や効果、視聴者の立場に立った『コンセプト』が無くなってきている。出演者で自分の地位や立場を上げてきた制作者が不出来の際には出演者の責任とする。どこの世界でも同じようなことがあるものなのだなぁと感じた。日本は『ものづくり大国』と言われてきた。品質・技術力において、まだ世界のトップレベルにいる事は間違い無い。しかし、この『ものづくり』に最近影を感じている人は多いのではないだろうか。日本の産業はこれまで製造業が中心であったし、今後もその点は変わらない。ただし、これまで通りの製造...
ルール化

社会を動かす力

基本的に無趣味だが、読書とドラマ鑑賞は私の趣味の1つと言えるかもしれない。最近読んでいるのは、日本の戦後から高度成長時代の日本を舞台とした小説だ。何となく手にとって読み始めたものだが、古き良き日本の「面影」を感じ、はまって読んでいる。最近のドラマではキムタクが出演する「南極大陸」もお気に入りドラマの1つで毎週欠かさない。共通して言えるのは、「昔、昭和が舞台」ということだ。私が何となくはまってしまっている背景は、今の時代に珍しくなった暑苦しいとも言える「熱意」やある意味クールに見がちな「純粋さ」があるからなのかと思う。そして、みんなが幸せや豊かさを求めていた時代。一生懸命な時代。ドラマは時代を映す鏡を言われてきたが、そんな本やドラマを鑑賞する自身も含めてだが、震災をきっかけに社会全体が「夢」や「希望」を求めているように感じる。それが「ない」から人は求める。ふと、他人にそれを求めているように感じ、反省する。心の豊かさは自分で生み出すものなのだ。そして、重要なのが自分のことで満足してはいけないってことかも。家族を思い、日本国を思い、自分は何が出来るかを愚直に考えることが出来るか。仕事でも言え...
ルール化

タイミング

タイミング=ある物事をするのに最も適した時機・瞬間。コントロールするのは、なかなか難しいものである。世の中には、あらゆる環境下においてでタイミングというものがある。一般的には人生の節目等において使われることが多い。例えば、結婚、住宅購入、転職等々である。失敗した後に、「タイミングが悪かった」というフレーズを耳にするが、一体どういうことなのか。適した時期ではなかったということなのか?大半の場合、単に準備不足であったりするのではないだろうか。私がアドバイス出来得る範囲である転職ではどうであろうか?そのタイミングとはどのような時を言うのであろうか?確実に言えることは準備が整っていれば『タイミング』をずらすことはない。現職の~がイヤだから、上司や同僚とうまくいかないから、やりたい仕事をさせてもらえないから、給料が安いから・・等よく聞く転職理由である。イヤだから今すぐにでも転職したい気持ちは良く解るが、それは『タイミング』ではない。準備も整わず「見切り発車」をすることにより、本当の希望の会社へ行ける可能性は非常に低くなる。しっかりとした事前準備(経歴の棚卸し、書類作成、関連情報収集、面接対策)を...
感動したこと

設立1周年を迎えて

我々の会社が1周年を迎えた、何もないところからみんなで始めた会社だ。最近では、とある会社様主催のエージェントランキングで400社近いエージェントの中から各種上位に名が上がる等、コアのコアである「必要とされる会社・必要とされる人になる」ことに一歩近づけたことを嬉しく思う。コアのメンバー、それぞれが色々な想いを持った1年だったように思う。個人的なことで言えば、ハイレベルな顧客満足(企業様や求職者様に対して)を要求される環境下でやっていく中で、多くの自分という壁にぶつかり、悩み、落ち込んだり、這い上がったりと喜怒哀楽の多い、また仲間や周囲の応援してくださった方々の温かさに支えられた、あっという間の1年だった。自分自身が、サラリーマン感覚では通用しない世界でやってみたことで、世の中がどういう人材を求めているのかを肌で感じることが出来た。災害や円高などの不安定な経済状況の中で人は「安定」を求める。全員がそうだとは言えないが、なるべく右にも左にもぶれない天秤の「真ん中」にいれるように、失敗もせず、挑戦もしない。しかし、こういう状況だからこそ会社や世の中は戦う人材を求めている。そういう人材が圧倒的に...
ルール化

差別化

弊社は、元々異なるエージェント出身のコンサルタントの集合体である。多種多様な文化をうまく融合させて、一つのエージェントという体を成している。エージェントと一言でいっても、会社の数だけ特徴や訴求ポイントが異なってくる。弊社が各エージェントからコンサルタントを集めたのも、色々な特徴を「欲張り」に集結させたいという想いがあることも事実である。さすが、各社さん特徴が異なる。一つと言って同じようなエージェントはないようである。ただ、そんな議論の中で行きついた一つの結論がある。それは「人の、人による、人のための」ということである。原点回帰のようなテーマになってしまうが、時代は正に原点回帰を迫られているような傾向にある。道徳なき商業も、人間性なき科学も、原則なき政治も、やはりうまくいかないのである。ビジネスマンなら誰しも営利を追求すると思うが、先行するのが営利であれば、それは道徳なき商業といっても過言ではない。転職バブルから景気悪化を経て、転職氷河期に突入しているこの市場ではあるが、弊社の考えは一つ、「人のための」転職サポート事業を「継続」すること。当たり前のことを言っているようだが、どうにも難しい...
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投票率は上がるかどうか~そうだ選挙に行こう~【後半】

解決策はそんなすぐには出来ないでしょうが、小さいマニフェストを掲げる小さい政党が複数いることが良いのではないでしょうか。今の政治派閥を見ていると、正に「寄らば大樹の陰」状態。(最近は少し異なりつつありそうですけど、大樹が異なるだけで本質は同じですね。)なんでもやります、できます、じゃなく、それぞれの争点が明確に異なることで関心も引き立つのではないでしょうか。相反する要望も多いでしょうから、全てを網羅することは出来ないでしょう。無料サービスを増やせと言いながら、税金を下げろという人も多いのですから。だからこそ「確実に特定の人々のニーズを満たせる政治家(政党)が複数現れる」ことも良いのでは思います。集約することが出来るものは、その後纏めれば良いと思いませんか?特に今は若い世代のニーズをくみ取る政治家が少ないように思えます。政治家も老人ですからね。若い世代の考え方が到底理解できないのでしょう。もちろん、若い世代の政治家もいるのですが、政治の世界しか知らない頭でっかちばかりのようです。ニートやフリーターという単語も頭で解釈しているだけであり、事実を見つめていないでしょう。また、経済低理由で結婚...
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投票率は上がるかどうか ~そうだ、選挙に行こう~【前半】

総理がコロコロ変わりますね。諸外国には、この異様な様変わりはどの様に映っているのでしょうか?あまり声を聞きたくない気がしますけど。国の代表は一体どうやって決まっているのか?変な話ですが、国会の中だけでほとんど決まっています。アメリカとは大きく違いますね。これも文化かと考える事を止めてしまいますが。しかし、日本国の選挙における投票率の低さは何でしょうか。こんな投票率であれば、国会の方々も代表選投票権を国民まで下ろしたくないでしょうね。選挙が近くなると、決まって啓蒙活動のように「選挙へ行こう」「選挙は国民の声を大事にする」など、選挙に行かせようとしますよね。だけど、本当に選挙の大切さを訴えているものがないので「とにかく大事だから行け」とか「他人事ではないですよ」などと半ば押し付けのように感じます。本質である選挙の大切さを教えられない世の中なのでしょうか。一方で、選挙の投票率も実は上がってほしくないという裏の声も聞こえます。投票率が低いのであれば、固定票を確保する戦略で良いのです。選挙に行くことが習慣となっているいわば老人ターゲットと言っても過言ではないでしょう。そのぐらい、選挙時に話すマニ...
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「青黒い人こそが今求められている人材像」

先日ダイヤモンドオンラインに『事業創造人材が持つ11の特性』という記事が掲載されていた。事業開発に携わる人に限らず、今企業が求めている人材の根本素養であり、今の世の中にそれほど多くはない人種だと、毎日雇用の現場に携わる一人として思う。大義や理想をかかげ、よりよい社会を作りたい、世の中をどう変えるか等信念を持つ「青臭い」部分と、冷静に世の中に提供するためには、どうやってその製品やサービスを作り、ユーザーに届け、そこから利益を得るのか方法論としてのBusiness Storyを語る「腹黒い」部分。一見矛盾するものをあわせ持つ、いわば「青黒い」人こそが、21世紀型に新しい事業を生み出すことのできるイノベーターなのである、とのこと。(参照→  )「腹黒い」部分とも言える「手段に長けた人」にはよく出会うことがある。素晴らしいスキルを持った能力者であり、人材価値としても高い。しかし話を聞いているうちにモヤモヤっとした思いが巡ることがある。消費財に携わっているにも関わらず、その商品を介して消費者に何を伝えたいのか、何を与えたいのか、そもそも消費者への思いがないように感じる時が稀にあるからだ。一見「キ...
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履歴書と趣味

先日、とある企業は履歴書にある「趣味」も大切だと考えていると聞き、なるほどなぁと思った。趣味や仕事を問わず様々な領域やジャンルがある。そこには「プロ」と呼ばれる人がいる。趣味と仕事のプロの違いは何か。(以下某企業の社長コメントより抜粋)『そもそも趣味は単純な「興味」から始まるもので、極めるにあたってのプロセスは、「調査」「理解」「判断」「仮説」「検証」「まとめ」「アウトプット」ということになる。このプロセスはビジネスのそれと何ら変わらない。つまり、この試みの実現と成功体験は、ビジネスでも通用する経験値(ノウハウ)に他ならないのです。もしも、誰もが経験している多くのビジネス経験と異なるものがあるとするならば、それはプロセス以前の「興味」の有無と度合いだけかもしれません。』なるほど。趣味を持つことを奨励しているのではなく、突き詰めることや得意な何かを持つことは、仕事におけるプロセスが出来る人ということなのだろう。確かに、「何故だろう」と思うことから上記プロセスを経て自分なりの「こだわり」を持てる人は得てして、目を引く力を持っている人が多いように私も思う。面談をしていて「私はこれが出来ます」...
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反韓思想について

最近韓国ブームに対して物議を醸している場面が報道されていますね。ここで働いている国民感情はどんなものなのでしょうか。大まかな背景としては政治背景でしょう。日本政府が良いように韓国政府に押し切られている、また日本の主張も言えないことに対して、国民感情のやり場のない怒りが「だらしない政府」に向いている。その中で、最近の韓流ブームに飛び火している、そんな一面を見せているのではないかと思います。国民感情の変遷についてはこんな感じでしょうか。「何もしてくれない政府に対して」のいらだちが「ずけずけと入ってくる韓国に対して」とベクトルを変え、現在は「韓国ブームを後押しするメディア」に向けてと移り変わっているような感覚を覚えます。確かに最近の韓国ブームをPRする場面は多いですね。冬のソナタを切っ掛けに韓国芸能が大ブレークしているように感じます。竹島でのやり取りや、鬱陵島視察に対する入国拒否を見ていても、何とも嫌な感情を覚えますが、それは日韓政府に対する感情です。我々国民は、もう少し大局的に物を見て意見を言う立場になっていきたいと感じます。メディアが事実現状を言わないのは、今に始まったことでもありません...
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考え方の相違の受け止め方

「見方の違いによる争いは避けなければいけないが、意識の違いによる争いは避けられない。意識の高い方は低い方を攻撃しないが。」という言葉を聞いたことがある。平たく言い換えると、「缶コーヒーを真上から見て、『円だ!』という人と、真横から見て『四角だ!』という人が喧嘩するのは、無意味なので避けなければいけない。しかし、多くの体験を経て経験則から話す大人と経験の浅い子供に見解の相違が起こるのは避けられない。大人は子供を本気で攻める訳ではない余裕を持っている・・・」というところだろうか。何故、上記を思い出したかというと、職場の新入社員と意見の相違が起こったからだ。言葉の後半を思い出し、「自分の方が大人なのだから」と優越感を持って納得し説得をしていた。しかし、この姿勢に違和感を覚えた。謙虚さが欠けている気がした。後輩が意見をしてきたとき、言い方はさておき、言っている内容はもっともだった。「君の考え方にも思い込みがあるんじゃないか……」と思わず言い返したくなったが、私の考え方の偏りを指摘してくれた内容自体は、正しかった。相手の至らなさや粗(あら)に着目しても意味がない。それは、相手の問題であり、自分は...
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自分の中の感情と理性

自分にとって都合の悪いことが起こったとき、また、それを対処する必要がある時、「面倒くさいなぁ」と感じる時がある。しかしながら、理性では、「それでもやらなければいけない」と思うので、人は行動するし、改善をするものである。もし、仮に感情のままに行動し、「面倒くさいし、いいやぁ」とすると、現実的に不都合が生じてしまう。また、真面目に「面倒くさいなどと感じてはいけないんだ!」と、自分を奮起し、感情を抑えこむと、窮屈な気持ちになることとなる。こういう場合に、私は「感情では面倒くさいと感じていることを踏まえて現実には、行動しないといけないな」と、感情と理性を明確に区別し、割り切って行動するようにしている。感情と理性を明確に分けて考えることで、感情に飲み込まれなくて済むし、窮屈な思いにもならなくて済む。⇒健全な思いで問題に取り組める。結局、他人に迷惑がかかるような場合は理性的に行動し、自分にも誰にも迷惑がかからない場合は、感情のままに行動するものなのかもしれない。ただ、自己認識の下で理性的であれ、感情的であれ、行動することで、自分自身、納得感のある行動がとれるのではないだろうか?これからも、色んな局...
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ぼけーっとする効用

ぼけーっとすることは、現代社会では、そんなに評価されていないように思う。しかし、ぼけーっとすることは無駄なのだろうか。害悪なのだろうか。将棋の羽生名人や、ワタミの渡邉会長などは、意識的にぼけーっとする時間を確保しているというようなことを聞いた。「意識的にぼけーっとする時間を確保する」など、どれだけやったことがあるだろう?靴や鞄も、毎日使うよりも、時々休ませる方が、長持ちするという。人間の精神や肉体も同じではないだろうか。特に精神が仕事で張り詰めたときや、集中が長時間続いたときは、バランスを取るために、ぼけーっとすることが必要なのかもしれない。だから、将棋の棋士や経営者など、極度に集中して考える職業人は、精神のメンテナンスとして、意識的にぼけーっとする時間を確保しているのだろう。私も休みの日などに、静かな公園や森林などのマイナスイオンを感じられる場所へ出向きぼけーっとすることにしている。忙しいときほど、ぼけーっとする時間を意識的に確保するようにしている。長い時間を確保できないときは、短時間でも「濃く」ぼけーっとしている。精神を長持ちさせる為には、そんな工夫が必要なのかもしれない。
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ストップウォッチをつかう

「時は金なり」とベンジャミン・フランクリンは言ったが、時間の価値はそんなものでは済まされないのであって、「時は命なり」が正確なところだ、というのが、友人と私の共通の意見だ。ところがつい時間が無限にあるかのように錯覚してしまい、時間を無駄に使ってしまう。結果として、やろうと思っていたのにやらないことが、細かいことと大きいことの双方でたまっていく。このままでは何もできない人生、死ぬ前に後悔する人生を送るのではないかと恐れていた。そんな私に道を切り拓いてくれた道具がある。ストップウォッチだ。私は仕事で、英語の資格試験TOEICをお教えすることがあるが、この問題は事実上情報処理試験のため、普通に解いてもらうと、ほとんどの生徒さんが時間内に解き終わらない。そこで活躍するのがストップウォッチだ。時間を切られることで、生徒さんは時間を意識し始める。最初解き終わらなかった問題が、次第に解き終わるようになっていく。実際、『声に出して読みたい日本語』の齋藤孝さんはこう言っている。「教師の中には時間が無限にあるように考えている人がいる。たとえば授業でストップウォッチを遣う教師がいかに少ないことか。この作業は...
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古典と現代のバランスを取ること

「人生は短いから古典だけを読むべきだ」ということが岩波文庫のどこかに書いてあるそうだ。なんとも極端な意見に思えるが、実は一理あるように思う。数十年や数百年や数千年という時を経て生き残った古典は、本物であるということが実証されており、皆に評価されたものだ。本に限らず、建築や工芸品などの芸術や、例えば茶道についても同じことが言えるだろう。現代のものは、そういう時の試練を経ていない。現在、書店に並んでいる無数の本や、たくさんの芸能人の中で、いくつ百年後に記録や記憶に生き残り、親しまれているだろうか?そういうことを考えると、古くからあるものの方が、確実で、安心だと思われる。本当かどうかをいちいち吟味したり、取捨選択する必要がない。目利きがきかなくても、時間対効率の高いものを選択できる。しかしながら、古典というのはエッセンスや髄が詰まっているものであり、いつの時代も求められるものを教えてくれるものではあるが、「今、現在、この世相で」何が求められているのかを教えてくれるものではない。例えば、今、ドラッカーがブームだ。本格的に学びたい人は原著を読めばよいが、「今、ドラッカーがどういうふうに受け入れら...
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「脱」悪循環

風邪を引いた。突然体調が悪くなり、いつもより早めに会社を後にした。帰宅後、熱を計ってみると38度。薬を飲みそのまま寝たのだが、夜中、40度をマークすることとなる。21世紀になって初となる40度台の高熱を出し完全にダウン。翌日の昼間になっても一向に具合が良くなる気配がない。渋々、病院へ行く事を決意。2時間の点滴や各種検査を終え、やっと帰宅。点滴効果も甲斐なく、日曜日も改善の様子もない。結局、週明けの月曜日まで高熱、頭痛、腹痛、関節痛に悩まされることになり病欠となった。問題は自分の体調不良だけではなく、業務の停滞。アポイントのリスケ。休み明けの対応業務等々、お客様や同僚に迷惑を掛けただけではなく、本来ならば無い業務が増える結果となった。今回の出来事から確実に学んだことがある。体調管理は仕事の一部であるということだ。今後は自身の健康管理を維持する為、以下の項目を徹底することをルール化とする。1. 睡眠時間の確保(6時間以上/1日)2. 定期的なジム通い3. バランスの取れた食生活4. 自分はまだまだ若いと思っている勘違いの矯正日々の仕事に追われ、時間が作りにくい現状ではあるが、不健康は更なる...
ルール化

人は変わることが出来る生物なのか?

「人は変わることが出来るのか?」私が個人的に考えた末の結論は、「YES & NO」。まず前提として、自分が「変わりたい」と思っている場合の方が変えることが出来る確率は高くなる。例えば、「ダイエット。」「痩せて違う自分になってアイツを見返してやる!」というある意味での執念と硬い意思は、変化を生む。しかし、「本当のあなた」という意味では見かけは変わっても、そもそもの優しいとか、嫉妬深いとか、そういった中身は変わっていないこともある。根本を変えることは非常に難しいことだと思う。「根ざされたモノ」であり、そもそも常に意識して生活していないため、良くも悪くも習慣化されたことなのだ。生まれてからこれまで特に社会に出てからは、異なる価値観だらけの周囲の影響を受け、生き延びるために揉まれて踏まれて形成されて来た考えや生き様をある意味一旦、自己否定しなければならない為、ある程度の年齢を超えると非常に改めるのは難しくなる。しかし、自分自身の価値観や観念を「間違っているかもしれない」と考えることが出来、昨日よりも今日、今日よりも明日の自分を見ることが出来る人は、「只者ではない人」になっている事が多いように思...
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高速鉄道事故と中国人の倫理観

今回の中国の高速鉄道事故において、中国のモラルって一体何なんだと、これまでにも増して不可解に思い、利己主義が根付いた大国が世界経済を握っていると思うと世の中に不安感を感じる。以前は中国人の価値観の基本は孔子の「仁義礼智信」に始まる「儒教思想」であると思っていたが、海外で見てきた私個人的な経験では、中国人の方の大半は自分と家族が中心であり、そのために働く。メンツが大切であり、「中華思想」=中国が世界の中心であるという考えを持つ傾向にあると分析している。だから悪い。とは決して思ってはいなかったが、今回の事件を経て、中国(政府)の倫理観というか、認識が間違っているのではないかと思わざるを得ない。行方不明者が多い中、どうして生存の可能性がある少なくとも72時間は人命救助に当たらなかったのだろうか。メンツがつぶれるからといって隠ぺいし、誤魔化そうとする体質。「何故起きてしまったのか」という反省もない。彼らの軸はどこにある?どんな人や場合であっても、隠そうとしたり、その場限りの不誠実な対応は不信感を招き、信頼を損なうことに繋がる。信頼関係は築くことに大変な時間がかかるが、失う時は一瞬である。それを...
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プラスα

現在通っているスポーツジムとは大よそ7,8年の付き合いになる。徒歩5分位で行ける非チェーンスポーツジムである。すぐ近くに大手のジムがあるのだが、従業員の対応やマシーンの内容が良いので敢えて少々離れているそちらを選んでいる。そのジムと私の関係は何とも微妙な関係であった。今までに少なくとも10回以上は入・退会を繰り返している。ひどいときは3ヶ月毎に入・退会を繰り返したときもあったくらいである。自分の中では確実な線引きがある。行く頻度が落ちる=「1回が数万円の高級スポーツジム」になった瞬間に退会を決意している。昨年までの自分は週に最低でも3回は通わないとそもそもジムに行く意味がないと思っていたからだ。土日及び平日のどこかで最低1回といったような感じである。ここ近年はどうかというと昨年のGWからは週末のみという形ではあるが一応継続をしている状態である。今までは右肩上がりで増え続けていた体重も過去1年に関してはどうやら落ち着いているようだ。もちろん20代の頃の自分では決して想像出来なかったような、かなりイケてない数値ではある。恐らく、週末のジム通いを維持しつつ何かプラスαで行えばその分だけ体重が...
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節電に思うこと

自分がまだ幼少のときにみた映画で「ゴジラ」という作品がありました。誰もが聞いたことのある日本の特撮を代表する作品で、少し前にはハリウッドデビューもしていた大人気怪獣です。最近のゴジラは良く知りませんが、どうやら怪獣対怪獣という子供向けの映画になっているようです。ですが、もともとゴジラというのは大人に警笛を鳴らす作品であったことを、どれくらいの人がご存じでしょうか?初代ゴジラのストーリーは、水爆実験により爬虫類の一種が原子力の影響を受け、人類と接触する。ゴジラは絶えず原子力の何かを体内に蓄える必要があり、発電所などに向かって行く。その大きさと未知なる生物に危機感を感じ、人類が明日を見出そうと手を打つという典型的なパニック映画です。最終的には人類の「核技術」によって、初代ゴジラは絶命してしまいます。という流れから、人類のエゴによって生み出された怪獣は、ただ生きる術を求めるが故に、人類のエゴによって命を絶たれてしまう。何とも傲慢なストーリーでした。子供ながらに、何とも言えない後味の悪さを覚えていますし、その時に人類の欲深さと業、奢りを書いているんだなと感じてしまったために、面白味が分からなか...
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人を思わば

時折、苛烈なまでに右足が痛くなる発作を持っている。今では珍しくない発作である「痛風」というものである。誠に遺憾ながら、自身はそれを患っている。風が吹いただけで痛さを感じるというものが痛風であり、その痛さは想像の域を超える。本当に歩けないぐらいの痛さなのだ。食事制限などを設け、普段口にしないモノを食べるようにしているし、禁酒は当然のことである。プリン体と尿酸値を減らすために、日々精進(我慢)している。それでも仕事がある日は、家にいられない。駅まではなんとか歩く。そして電車に乗る。ここで、自身が乗る駅の隣駅で必ず降りる方を見つけて(座っている方)、その方の前に立って、隣駅からは座れるようにここ最近は行っていた。しかし、つい先日よりこのルールに乱れが生じてきた。どういうことなのか。自身が座れる駅の隣駅から妊婦さんが乗るようになってきたのだ。その方も自身と同じように席を譲ってくれる人の前に立つようにしているのか、先日一回譲った時から乗ってくる度に自身を探しているような感じがしてならない。(というよりも、自身の前に必ず立っている)そこまで期待されたら、譲らないわけにはいかない。せっかく見つけたル...
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相手が本当に言いたいことを理解する

表面上の言葉とは違うことを人は言いたい場合がある。この場合、その人が本当に言いたいことが何なのかを理解することが大事だ。実際に体験した例だが、「昼の休憩は1時間を厳守しなさい」と職場の上司が言ってくる。この言葉の真意はどこにあるのだろうか?私は「何故、こんなことを言われなければいけないんだ。サービス残業もしているのに」と思っていたこともあったが、奥深く相手の意図を考えてみることにした。背景には、日々の業務においてスピード感や、正確さ、朝の出勤時間や会社のためにしていると言わんばかりの残業に対する仕事の姿勢に対する不満を規定で定められたルール=昼休憩の時間厳守で『襟を正せ』と表現しているのではないか?パワハラだ、セクハラだと言う、被雇用者優位にもとれる環境下において自らが成長するためにも上司の腹にある言葉を読み解く必要があるのではないだろうか。時に「私も老体に鞭を打ち、こんなにがんばってるのに」という上司の不満もあったりする。実際、上司は自主的に早出、残業をしつつ、昼休みもろくに取らずに仕事をしていたりする。それで現実には労われているかというと、残念ながら職場の無理解で労われていないこと...
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路上のルール

かつて、伝説のミュージシャンと言われる尾崎豊さんが『路上のルール』と言う作品を残した。その内容は、人生という路上のルールについてのものだった。感慨深い詩であったと記憶している。私の『路上のルール』は現実感のあるルールだ。自転車が空前のブームだという。駐輪場や自転車専用レーンがきちんと整備されたわけでも、自転車のマナーが良くなったわけでも、国が後押しする長期戦略があるわけでもない。それなのに自転車で通勤する「自転車ツーキニスト」と呼ばれる人たちが急増している。健康にいい、環境にいい、カッコいい。そんな流行の一環が自転車ブームの背景にあるという。震災による交通マヒが自転車ツーキニストを後押しし、ブームに拍車をかけたという。ところが、東京は自転車専用道路が整備されているわけではないし、ルールがきちっと確立されているわけでもない。前出のツーキニストの男性が、都心の主要幹線をトラックやバスの隙間を縫うようにして走りぬける様子は見ている方がヒヤヒヤする。勝手ながら、車に乗っているときは、歩道を走れよと思い、自分が歩行者のときは、車道を走れよって思ってしまうものなのだが・・・。実際は、自転車はそもそ...
ルール化

頑固親父とAKB

三重県津市という町に面白い時計屋さんが存在する。創業120年以上の老舗時計屋である。店主の頑固親父は80年代のクォーツ全盛時代、当時のトレンドに逆行し機械式時計のみを専門に扱う時計屋に舵を切った変わり者である。何故、クォーツ時計の取り扱いを止めたのか?当時のことを考えると利益を度外視した行動である。頑固親父曰く「自分の信用を失う可能性のある時計は売りたくない」とのこと。例えば結婚記念に買われた時計の部品が、7年間しかメーカーの保管義務がないことを幸いにメーカーサイドが修理を断るという事態が何度も発生したかららしい。かなり思い切った決断だったはずなのだが、本人は当たり前のことのようにサラッと話す。そんな頑固親父には日本だけではなく海外からもお客さんが訪ねてくる。わざわざ時計を探しに・・・である。時計には大して興味は無いが頑固親父に興味があるというお客??も多いらしい。実にクチコミで紹介者が増える仕組みが出来上がっているのである。頑固親父のサービス精神と私の先輩のコンサルタントはある意味一緒なのではないかと思う。転職においても、色々な理由で満足していない転職希望者に対し、すぐに転職を勧める...