違和感をもつということ

「井の中の蛙、大海を知らず」
このことわざは、多くの方が耳にしたことがあると思います。
限られた環境下で満足してしまい、外の世界の広さや可能性を知らない状態です。
どこか少し厳しく、自分の視野の狭さを気づかされる言葉です。

このことわざには創作ではありますが、後付けされた続きがあります。
「されど、空の青さを知る」
現代的に解釈すると、
一つの分野に長く向き合ってきた人は、その“井戸の中のから見える空”を誰よりも理解している。
“深く突き詰められた知識”ということ。
広さを知らない代わりに、深さを知っている。
これはこれで、ひとつの価値だと思います

では、「井の中の蛙」と評価する側はどうでしょうか。
もし井戸の中を覗いたとき、蛙だけを見てしまえば、
ただ狭い世界にいる存在に見えるかもしれません。
しかし、井戸全体を俯瞰して見たとき、その構造や深さに気づくことができるはずです。
井戸の中から外を見る視点と、外から井戸の中を見る視点。
見えている景色は異なりますが、捉えている本質は同じなのかもしれません。

では、その本質に気づくためには何が必要なのか。
それは、視点を固定しないことではないでしょうか。
知らなかった価値観に触れ、違和感を覚え、その違和感を受け止めて理解しようとすること。
つまり、新しい情報を自ら取りにいく意識と行動です。
この積み重ねによって、自分の中の「見える景色」は少しずつ更新され、
視野は広がっていくのだと思います。

結論、「井の中の蛙」であること自体が問題なのではありません。
本当のリスクは、何も感じようとせずに無感覚でいること。
だからこそ、
本質を見抜く力が求められ、視点や視座から違和感に気付くことが重要なのです。
毎日の“小さな違和感”が着実に人を成長させてくれるのかも知れません。

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