ルール化 真髄は調和にあり
度々父の話で恐縮だが、将棋が趣味の父に、囲碁の相手をしてもらった。父は、将棋に比べると、囲碁の経験は、あまりない。それでも、将棋同様、ハンデをつけてもらっても、また、負けてしまった。対局後、父が、ふと感想を漏らした。「おまえは、俺の石を攻めているとき、『攻めた結果、地合い(=陣地)を得よう』というのではなく、本気で俺の石を取ろうとしているよなあ」どきっとした。囲碁をほとんど打ったことがないのに、本質を突いたことを言うのは、将棋を極めたからだと思う。実際、二十世紀を代表する天才囲碁棋士・呉清源先生は、「囲碁の真髄は調和にあり」と考えている。「勝負事なのに、調和? そんな甘っちょろいことを言っていていいのか?」私は、最初そう思った。しかし、呉清源先生は言う。「碁は調和の姿だと、私は考えます。碁は、争いや勝負と言うよりも、調和だと思います。」「碁の勝負は普通の勝負とちょっとちがうと、私は思います。そこには人為的なものが少なく、ほとんど自然の現象というべきで、自然の現象を、ただ勝負と名づけただけではないでしょうか。」何か、悟ったような、仙人の言葉のようだ。言い換えると、「勝負事の真髄は、譲り合...