2026-06

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人はなぜ初心を忘れてしまうのだろう

先日、子どもが通う学校の学校公開日に行ってきました。子どもたちが頑張ってる姿を見られるということと、普段、立ち入ることの出来ない場所に入るということに高揚感を抑え切れず教室に向かいました。教室に入ってまず思ったのは、「こんなに狭かったかなー。」ということ。先生はパソコンを操作しつつ、プロジェクターとホワイドボードを駆使して授業を進めています。チョークの音や、黒板消しから香る匂いはなく、昔とは違うなぁ。と思いつつ。ただ、子どもたちの表情を見ていると、家族に手を振ったり、急に真面目な顔になったり、恥ずかしくて固まってしまったりと、昔と変わらないものがそこにはあり、何故かホッとしました。時間はたっぷりあったので、折角だし、全学年の教室を見て回ってみようと考えました。そこで、気づいたことがあります。低学年や中学年の子どもたちは、家族が来てくれたことが嬉しくて仕方がない様子。「見て!」「僕、答えられるよ!」「私、出来ているよ」そんな気持ちが伝わってくるように、皆一斉に手を挙げます。間違えることなんて気にしていない。とにかく自分を見てほしい。頑張っている姿を見せたい。その姿は、とても眩しく誇らしく...
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「小さな習慣が生み出す心の循環」

最近、家のトイレ掃除をよくするようになりました。きっかけは、トイレ用の掃除シートとブラシを買い替えたこと。試しに使ってみると、思った以上にピカピカになる。それが妙に気持ちよく、気づけば習慣になっていました。昔、流行った「トイレの神様」という歌を思い出しました。歌詞には「トイレをきれいに掃除すると美しくなれる」というおばあちゃんからのメッセージが込められていたと記憶しています。当時は何気なく聞いていましたが、今の私が感じることは“誰も見ていない努力を大切にできる人には、自然と良いことが訪れる”ということなのではないかということです。自分のあとに使う人が気持ちよく過ごせるように、丁寧に拭いてきれいになると、ちょっと誇らしい気持ちになる。「誰かのために何かをする」という行為は、思っている以上に心を整えてくれます。単なる清掃ではなく、“相手のために環境を整える”という姿勢そのものなのだと感じます。誰に言われるでもなく、人のことを思えること、相手の気持ちを想像して行動できる人は、仕事でも生活でも自然と周りから信頼され、充実した毎日を送ることが出来るのではないでしょうか。掃除は、派手な仕事ではあり...