未分類 CHANEL再生のCOREな部分
誰もが知っているシャネルは、1910年ココ・シャネル氏がパリのカンボン通り21番地に「シャネル・モード」という帽子専門店を開店したことから始まりました。その後一世を風靡したブランドが、一度衰退したのをご存知でしょうか。ココ・シャネル氏が1971年に亡くなり、シャネルは冬の時代を迎えます。経営陣はシャネルのイメージを守るということを全く行わなかったのです。杜撰な管理体制によりブランドは地に落ちました。この状態を立て直したのが、ココ氏のビジネスパートナーの孫、アラン・ヴェルタイマー氏とデザイナーのカール・ラガーフェルド氏です。アラン氏は、ブランドの再生に乗り出しました。「No.5」をドラッグストアから撤去し、多額の広告宣伝費をかけイメージ再生を行いました。そしてカール氏はビジネスとして無謀と思われる施策であっても長期的視点により、実践してきました。経営者であるアラン氏はカール氏を信頼し、全てを任せ、革新やチャレンジを受け入れました。ではどの様な戦略で、カール氏はシャネルを復興させたのでしょうか。自分の色を出した全く新しいブランドをつくるのではなく、あくまでもシャネルの伝統を守りながら、「ブ...