東京オリンピック

アスリートたちがインタビューで真っ先に口を揃えて言っていたのが、
「開催していただきありがとうございます」と感謝の気持ちだった。
オリンピック開催を反対する声も大きく、実際、日々増えていく感染者数により
手放しで喜べる状態ではないが、東京オリンピックで感動を与えてくれる
アスリートたちに励まされ、勇気をもらっている人は少なくないはず。

テレビの画面越しからでも気迫を感じさせる真剣な眼差し、ようやくメダルを獲得して見せる喜びの笑顔、
嬉し涙、悔し涙、その奥に、どんなストーリーがあるのだろうかと想像する。
そして、いろんな背景から溢れてくる想い・言葉に感動する。
そこには、信念のもとに何かと戦う姿があり、自分自身と闘い続けた姿がある。

アスリートだけではなく、どんな人にもストーリーが存在する。
それは成功や実績に限らない、その人がどのように道を歩んできたのかを示すものである。
アスリートとの違いがあるとすれば、それは「意識の差」「決意の差」なのだろう。

人は弱い生き物で、自分に甘い。
目の前のケーキを食べてからダイエットしたいし、休みが多ければ多いほど嬉しい。
やらなくても良い理由を探したい、自分に都合の良い言い訳を探したい。

アスリートが「やり切る」ことができるのは、明確な目的があるから。
その為に何が何でもやってやると自ら決意し、勝つための方法を探し、常に行動の振り返りをしてる。
そして、オリンピック選手ともなれば、恐らく自分のためじゃなく、誰か・何かのために戦っている。

仕事でも同じことが言えるのではないだろうか。
大きな目標でなくても、「こうしたい」「こうありたい」ということに対して、取り組む決意をする。
一番難しいことは、それを継続し続けることだが、
そのために必要なのが、目的意識と、やると自分自身で決めた決意だ。
自分に甘くなって、諦めてしまいたくなる時のために、
自分自身を戒めるための第三者の自分を持つと良いらしい。
昔、自分のためを想って叱ってくれていた親のような存在を連想すると近いかもしれない。

今年の夏休みも緊急事態宣言下にあるため、自宅で過ごすことになりそうなので、
第一歩として、日々の暮らしの中で小さな目標を立てて、
やり切る・継続する経験を得れることを課題にして過ごしたいと思う。

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