求められる変化のカタチ

ふと気づくと、なんとなく
受け入れていた有料レジ袋。

違和感はまだあるものの、
まあこんなものか、と思って
適応している自分がいる。
コロナの影響によって、
自分の感覚が「変化モード」に
なっているのかもしれない。

その変化の筆頭格であるテレワーク。
最近はその是非について語られることも多いが、
そもそも、一年前にこんな状況は想像すらできなかった。
実際にクライアント様の状況をお聞きすると、
もはや定着している企業様もとても多い。
直行直帰の営業やフリーランスでもない限り
ありえなかったことが、日常へと変化しつつある。

選択肢が増える事は良いことだし、
ハンコの例も含めて凝り固まった慣例が
見直されたのはコロナショックの
副産物としてポジティブなものだと思う。
しかし、単に変化を受容するだけでは
コロナに奪われたものを取り返すことはできず、
負け越したままだ。この状況で新しい正解に
たどり着いて初めて、適応したことになる。

強制的に起こる外的変化に対して、
合わせていくのは比較的たやすい。
同調圧力含め、和を貴ぶ感覚が日本人は強いからだ。
しかし、自らの意思で定めた目標のために、
何かを変えていく事、継続していく事はとても難しい。
特にルールの出所が自分だった場合、
いくらでも甘えられるからだ。

自粛警察など他者への過剰な正義感に比べると、
自分に対しては皆、とても寛容で優しい。
この、自分のルールを破る事への甘さと緩さこそ、
一番変化が求められる部分ではないだろうか。

よく引用される、
「この世に生き残る生物は、激しい変化にいち早く対応できたもの」
という言葉があるが、
単に反射的で受動的な対応ではなく、
計画的で主体的な変化がないと、
今の時代は生き残れないと思う。
外側の変化だけに意識を奪われてしまい、
思考停止の他力本願状態になってはいけない。
自分を助けるのは、常に自分である。
主体的な変化を遂げるための努力を怠らず、
また、それを望むお客様のお役に立ちたいと強く思う。

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